AM Japanは、日本の若者に主イエス・キリストと共に生きる喜びを伝えます。AM Japanにようこそ!皆様のご参加をお待ちしています。

聖書の学び

AMでは、聖書講解とQuite Timeを通して、皆さんの毎日が御言葉によって豊かなものとされるためのお手伝いをしていきます。

「主のことばを聞くことのないききん」

アモス 8:11
見よ。その日が来る。――神である主の御告げ。――その日、わたしは、この地にききんを送る。パンのききんではない。水に渇くのでもない。実に、主のことばを聞くことのききんである。
アモス 8:12
彼らは海から海へとさまよい歩き、北から東へと、主のことばを捜し求めて、行き巡る。しかしこれを見いだせない。
アモス 8:13
その日には、美しい若い女も、若い男も、渇きのために衰え果てる。

今の時代を生きるクリスチャンにとって、重要なものが二つあると言われます。それはなんでしょうか。ひとつは、キリストを知ることです。神様を知ること、と言い換えることもできます。これはとても重要なことですよね。しかし、それよりももっと重要なものがあります。それは、私たちが知っていることを伝えることです。まだ知らない人たちが知ることができるようにすることです。
神様を知ることと神様を知らせること。この二つです。“to know God, to make him known”

私たちが神様を知ることと同じくらい、神様を知るようにさせることが重要です。ですから、すべてのクリスチャンは、神様の御心のうちに召された人たちは、自分が神様から受け取った愛と恵みについて、それを伝えること、それを全世界に広める私たちにならなければいけないと言われます。それが、つまり宣教ですよね。Mission、Apostolos Missonにも、宣教という言葉が入っています。まずクリスチャンとして召された私たちが最も優先すべき、他の何よりも先に、まずやらなればならないもの、それが宣教だと。

じゃあ、今日の本文はアモス預言者による有名な預言ですが、宣教をしていこうとする時に、み言葉を伝えていこうとする時に、いつもこのみ言葉が思い起こされます。重要なキーワードは「飢饉」です。「その日、わたしは、この地にききんを送る」と言いました。
「パンのききんではない。水に渇くのでもない。実に、主のことばを聞くことのききんである」。

この箇所を牧師先生が説教される時に話される例話、例え話が、とても分かりやすいなといつも思うんですが、ある一つの町が洪水によって、街全体が水に浸かってしまったと。人たちはとにかく高いところへ避難するわけです。そして、彼らを救助すべく、軍のヘリコプターがやってきて、彼らをひとり、またひとりと助けていきます。しかし、救助された人が皆、口を揃えて、同じことを言ったそうです。「喉が渇いた。水がほしい」。すぐ目の前に、水はたくさんあったんですよね。洪水で水が溢れかえっていました。
しかし、飲める水が一滴もなかった、そういう話でした。

私たちが生きている今の時代は、言ってみれば情報の洪水状態ですよね。情報が溢れかえっています。小さい子どもまでがスマホを一人一台持つ時代です。私たちがふだん接している情報の量が、どれくらい多いかが分かる、面白い話があるんですが、現代人が1日のうちに触れる情報量がありますよね。それを江戸時代における情報量に換算した研究者がいたそうです。私たちが一日のうちに触れる情報量と、江戸時代の人たちが得ていた情報量。どれぐらいの差があると思いますか。なんと、私たちが1日のうちに得ている情報量は、『江戸時代に生きていた人の一生分』。江戸時代の人が生まれてから死ぬまでに得たすべての情報を、私たちはたった一日で手にすることができるそうです。新聞に例えると、中世の人たちの一生分の情報量は、だいたい今の朝刊1部ぐらいに収まってしまうそうです。
池田先生は、昔新聞配達のお仕事をされていたそうですが、毎朝、江戸時代の人の一生分の情報を配ってたんです。今はどそういう時代なんですよね。新聞の朝刊どころではありません。世界中の情報に、インターネットで、オンラインでアクセスできるんですよね。
大洪水です。大洪水時代に私たちは生きているわけです。

そのような時代の中で、私たちが宣教をするということ。神様のみ言葉を伝えるということ。それがどれだけ重要なことかと、改めて感じるようになりました。私たちがやっていこうとしていることは、人たちに「飲める水」を提供することなんですよね。僕自身が伝道される前に、もっとも苦しかったことが、善悪の基準が分からないということでした。何が良くて、何がだめなのかを決める絶対的な基準が分からない。だから、たとえば自分が何かに悩んだ時に、いろんな人のアドバイスを求めるわけです。それが仕事先の先輩であったり、ベストセラーの本であったり。僕もいろんな人に相談しましたし、たくさんの本も読んでみました。しかし、一番苦しかったのは、人によって意見が違ったことだったんです。ある人が肯定したことを、他のある人は否定してしたり‥。だから、何かに悩んでも、たったひとつの解決策というものが見つかりませんでした。何が正しくて、何が悪いのかの基準。周囲に助けを求めれば求めるほど、余計に混乱していくんですね。基準を求めれば求めるほど、その基準が分からなくなっていきました。

だから、今の時代は本当に深刻です。情報があまりに溢れかえっているから、答えを探し続けるという作業が永遠に終わらないんです。ずっとずっと求め続けなければいけないです。終わりのない作業です。

アモス預言者の預言のとおりです。

アモス 8:12
彼らは海から海へとさまよい歩き、北から東へと、主のことばを捜し求めて、行き巡る。しかしこれを見いだせない。
アモス 8:13
その日には、美しい若い女も、若い男も、渇きのために衰え果てる。

この時代は水がなく渇いているのではない。食べ物がなく飢えているのではない。主の御言葉を聴くことのできない渇き、飢饉だということです。飢饉という言葉は死を連想させます。とても死という場所に近い言葉です。だから、私たちに託された使命、奉仕は、重要なものであるとともに、とても緊急を要するものだと言えます。早く渇きを満たすものが見つからなければ、死んでしまう、そのようなものです。

マタイ4章で、イエス様もこのようにおっしゃったんですよね。人はパンだけで生きるのではない。神の口から出るひとつひとつのことばによると。食べるものがなければ、例外なく人間は死んでしまうように、「神の口から出るひとつひとつのことば」がなければ、同じく、例外なく霊的に死んでしまいます。

だからこそ、今日、このように私たちが東京大学の前にひとつのセンターを得て、多くの若い世代に神様のみ言葉を伝えていくための拠点がひとつできたということはその意味が本当に大きいんだということを感じさせられます。ここは東京大学ですから、日本の最高学府です。ダイレクトに明日の日本、未来の日本を作っていく人たちがいる場所と言えるかもしれません。彼らが生かされることが、後に日本が生かされることになるんですよね。

だから、宣教会の使命は、そのような未来のリーダーとなる人たちに福音を伝えることです。責任が重大です。僕はおとつい、不動産屋から鍵を受け取って、はじめてこの場所に入ったんですが、まず最初に驚いたのは、もう目の前に東大の入り口があるんですよね。
皆さんもこの距離感に驚かれたと思います。ルツ先生が苦労されて、探してくださったんですよね。ここからもう少し向こうの方へ歩いていくと、YMCAの寮があるんです。そこにクリスチャンの学生たちが住んで、共同生活を通じてともに信仰を深め合っていく場所になっているんですね。調べてみたら、そこは1888年からそのように活動してるみたいです。だから120年以上も歴史があります。でもですね、彼らよりも僕たちの方が近いんじゃないですか。目の前ですからね。

場所も素晴らしいんですが、AMという組織は、ラルフウィンターという有名な宣教学の教授先生、今は亡くなられた。その方がAMの初代の会長を務めてくださったんですね。この方は本当にすごい方だそうです。西グアテマラの先住民への宣教師として奉仕された後に、フラー神学校の宣教学の教授として務められましたが、宣教学の分野ではエベレストみたいな人です。世界一の宣教学者です。その方がこのAMの初代会長です。すごいですよね。素敵で立派な組織です。最初は恐れがあったが、だから、この赤門からもっとも近い場所で、小さくならないで、堂々と胸をはって、宣教していくことができればと思っています。

アモス 8:11
見よ。その日が来る。――神である主の御告げ。――その日、わたしは、この地にききんを送る。パンのききんではない。水に渇くのでもない。実に、主のことばを聞くことのききんである。
アモス 8:12
彼らは海から海へとさまよい歩き、北から東へと、主のことばを捜し求めて、行き巡る。しかしこれを見いだせない。
アモス 8:13
その日には、美しい若い女も、若い男も、渇きのために衰え果てる。

主のことばをさがしもとめる多くの学生が、この東大センターをとおして、主のみ言葉に出会って、まことに心が満たされ、霊が満たされ、喜びながら主のみなを賛美するそのような場所として用いられることを願います。

●お祈り

父なる神様の大いなる恵みによって、われわれがこの場に導かれ、この尊い使命をになうようになったということを知るようになりました。 至らなく幼い私たちではありますが、そのような私たちを召され、終わりの日に、福音伝播の偉大な道具として用いさせてくださりまことに感謝します。
主のことばをさがしもとめる多くの学生が、この東大センターをとおして、主のみ言葉によって生かされ、神様の大きな栄光があふれることを願います。
祝福してくださり、導いてくださることを願います。感謝と賛美をささげながらイエスキリストの御名によってお祈りいたしまた。アーメン。

Contributed by JAPAN Apostolos Campus Ministry